
仕事でご縁のあるイタリア食材のインポーターさんが、Brunello di Montalcino(ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ)のワイナリーを訪問されるということで、飛び入りでご一緒させてもらいました。
訪れたのは「il grappolo(イル・グラッポロ)」。
1974年創業の家族経営ワイナリーで、モンタルチーノ南部の Sant’Angelo in Colle(サンタンジェロ・イン・コッレ)の丘に位置しています。
およそ25ヘクタールの畑では Sangiovese(サンジョヴェーゼ)を中心に栽培し、伝統的な手摘み収穫と自然な醸造を守りながらワインづくりを続けているそうです。
代表作の Brunello di Montalcino Sassoquette(ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・サッソケット)は、ワイン専門誌でも90点以上の評価をいくつも獲得しているとのこと。
丘の上に佇む静かな cantina(カンティーナ)で、家族の温もりと土地の香りを感じるひとときでした。
オーガニック畑で感じた、土地の力強さとミネラルの香り
畑に着くと、まず目に入ったのは葉の違い。
周りのブドウ畑の葉はもう落ちて枝だけなのに、il grappolo の畑だけは葉が生き生きと残っていました。
理由は、ケミカル(化学肥料や農薬)を使わず、オーガニック栽培で育てているからだそうです。
「ほら、オーガニックのブドウは生命力が強いんだよ」と、現地のワインコーディネーターさん。
ここで育てられているのは、Sangiovese(サンジョヴェーゼ)の中でも Sangiovese Grosso(サンジョヴェーゼ・グロッソ)。
Grosso(グロッソ)はイタリア語で「大きい」「厚みがある」という意味で、名前のとおり粒がやや大きく、皮が厚め。
そのぶん果実味やタンニンがしっかり出るタイプで、ゆっくり熟して長めの熟成と相性がいいと教えてもらいました。
角がとれてなめらかで、飲み込んだあとも香りが長く続く。
そんなおいしさは、このブドウならではだなと感じます。

風の向きや太陽の角度を読みながら、昔ながらの Cordon Spur(コルドン・シュプール仕立て)という方法で木を育てているとのこと。
日本語では「コルドン仕立て」や「短梢剪定仕立て」と呼ばれ、幹を横に張り出して枝を短く整えるスタイル。
畑全体が整然としていて、ブドウひと房ひと房が光を均等に浴びるように作られています。
この木々はちょうど育てて20年になるそうです。
枝の曲線には年月の積み重ねが刻まれているようでした。

そして、この土地を形づくっているのが、遠くに見える Monte Amiata(モンテ・アミアータ)。
かつて火山だったこの山から流れた火山灰や鉱物が、今も土の中にミネラルを残しています。
そのため、この一帯の畑の土壌はミネラル分がとても豊か。
コーディネーターさんは「この土地の土が、ぶどうに骨格と深みを与えている」と話していました。
オーガニックの力強さと、火山性ミネラルの恵み。
自然がゆっくりと時間をかけてつくったバランスが、ワインの味にも芯の強さとして表れている気がしました。
醸造から熟成へ。ゆっくりと「時間を味方にする」ワインづくり

畑をあとにして向かったのは、cantina(カンティーナ)。
収穫されたぶどうは、丁寧に粒を選り分けたあと、ステンレスタンクの中でゆっくりと静かに発酵を始めます。
生きているものがワインへと変わる空間に立ち会っている気持ちになりました。
発酵を終えたワインは、その後、botte grande(大きな木樽)へ。
Brunello di Montalcino は、法律で 最低5年の熟成が定められています。
コーディネーターさんの説明によると、この時間がワインの角をやさしく丸くしてくれるのだそう。


使われている樽は、厚みのある Slavonian oak(スラヴォニアオーク)。
樽ごとに香りの移り方や通気の具合が異なり、使い分けているそうで、ひとつひとつに個性があります。
さらに、ワインの呼吸を支えるのが sughero di Sardegna(サルデーニャ産のコルク)。
「ワインは瓶の中でも呼吸をしているんだ。だからコルク選びがとても大切なんだよ。」
そう語るコーディネーターの言葉に、ワインづくりの奥深さと、時間の尊さを感じました。
開けるその瞬間まで、瓶の中で呼吸を続けながら、ワインはゆっくりと熟成を重ねていきます。
時間そのものが、味わいの一部になっていくようでした。
試飲の時間 ― 3種のワインを飲み比べて感じた深み
カンティーナを見学したあとは、いよいよ試飲の時間。
テーブルの上には、Rosso di Montalcino 2023(ロッソ・ディ・モンタルチーノ)、
Brunello di Montalcino 2021(ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ)、
そして Brunello di Montalcino 2019 の3本が並びました。

現地のワインコーディネーターさんとインポーターさんが、それぞれの特徴や熟成の違いを丁寧に説明してくれます。
オーナー一家は、テイスティングの準備をしながら、時々こちらの質問に答えてくれたり、グラスにそっとワインを注いでくれたり。そして、サラミや生ハム、チーズなどが、ずらりとテーブルに。
そんな家族のホスピタリティと手の温かさがそのまま伝わってくるような、穏やかな時間でした。
最初に味わったロッソ2023は、若くて軽やか。
グラスからはチェリーやラズベリーのような明るい香りが立ち上がり、
口に含むとみずみずしい酸味がはじけて、フレッシュな果実の余韻が残ります。
次にブルネッロ2021。(まだ市場には出していないワイン)
果実味の奥にスパイスと樽の香りが重なり、若さの中に落ち着きを感じる味わい。
しっかりとした構成の中に、これからの熟成を思わせる奥行きがありました。

最後に注がれたのは、ブルネッロ2019。
グラスを傾けると、チェリーやプラムの果実味に、ほんのりバニラを思わせる甘い香り。
口に含むと、やわらかく包み込むようなまろやかさ。
タンニンの角がほどけ、酸味と旨みがゆっくりと重なっていきます。
あと味にミネラルのような深みがふっと残りました。
柔らかいのに芯がある、そんな余韻が静かに残りました。
グラスの底に映る光まで美しく、時間の流れを忘れてしまいそうでした。
写真撮るのを忘れるほど。(苦笑)
丘の空気の中で飲むその一杯は、ただの試飲ではなく、土地と 人と 時間をまるごと味わうかのような、かけがえのない体験でした。
ランチタイム ― チーズがパスタにしがみつく幸せな一皿
ワイナリーをあとにして、Montepulciano(モンテプルチャーノ)にほど近い丘の上でランチをいただきました。

大きなペコリーノチーズの中で仕上げられた、Pappardelle Cacio e Pepe mantecate nel pecorino(パッパルデッレ・カチョ・エ・ペペ・マンテカーテ・ネル・ペコリーノ)。
茹でたての幅広パスタを熱々のまま、くり抜いたチーズの中でからめていきます。
チーズが少しずつ溶けていく音、立ち上るやわらかなミルクの香り。
そこに pepe bianco(白胡椒)の穏やかな香りがふわっと混ざって、まさに“香りで食べる”一皿。
口に入れると、ペコリーノの塩気とコクが舌の上でとろけ、白胡椒の上品な辛みが後味をすっと締めてくれます。
もちっとしたパッパルデッレがソースをしっかり抱きしめるように絡みつき、シンプルなのに奥深い味わいでした。
グラスのワインは Montepulciano rosso(モンテプルチャーノの赤ワイン)。
果実味とスパイスの香りが、この濃厚なチーズにぴったり。
穏やかな午後の時間が流れていきました。

トラットリア オーナーと、受け継がれる職人のスピリット
印象に残ったのは、オーダーや料理をテキパキと運ぶ オーナーのおじいさま。
70歳になるそうですが、驚くほどパワフルでエネルギーにあふれていて、そして何より、大きな声でハキハキと話す姿が印象的でした。
その声は店の空気を一瞬で明るくして、聞いているだけで元気をもらえるよう。
食後のティラミスとコーヒーのサーブがひと段落したころ、私たちのテーブルでちょっとしたトークタイムが始まりました。
話していくうちに、おじいさまがぽつりと。
「この店は家族でやっているけれど、後を継ぐ人はいないんだよ」と。
“もし誰かが継ぐとしても、spirito(スピリット)がない人には継いでもらいたくない。そういう人に出会うのは本当にむずかしいんだ”と、少しさみしそうに笑っていました。
その言葉を聞きながら、ふとお付き合いしている縫製工場や靴工場のことを思い出しました。
あちらは、子どもたちが誇りを持って継ごうと頑張っているところ。
そろそろバトンタッチの時期かな、と見ていて感じます。
長く手を動かしてきた人の 精神や情熱には、どこか共通するものがある気がします。
形は違っても、想いを込めるという点ではきっと同じなんですよね。
この先も元気に頑張ってほしいな。
そして、来年もまたこの場所を訪れたいなと思いました。

帰り道の車の中、助手席で睡魔と格闘していました。
よく喋って、よく食べて、よく飲んだから当然ですよね。
ワインの余韻どころか、もう眠気のほうが勝っていて、口を開けばあくびばかり。
気づけば、窓の外の丘がすっかり遠くに。
楽しい日の終わりって、どうしてこんなに早いんでしょうね。
来年もまた訪れたいモンタルチーノ&モンテプルチャーノの日帰りツアーでした。

